なぜ選挙の時に投票に行かなければならないのか?


●「政治」って?

「そもそも政治って何なのさ?」という疑問を持つ方もおられるでしょうが、簡単に言えば我々の生活を豊かにするために、我々の代表たる政治家が日夜政策や法律を決めたりしているもの、それが政治です。政治には色々種類がありまして大きく分けると、消費税や商品券配布などいわゆる「国」を対象とした政治、万博や基地問題といったいわゆる「都道府県」を対象とした政治、公園や道路などいわゆる「市町村」を対象した政治があります。そしてそれぞれに我々の代表たる政治家が選ばれてその職に就いています。

今回はこの「政治」というものが、基本的には我々のため・我々の生活が豊かになるように行われていますが、時と場合によっては我々に不利益となることもある、そういうことを中心に書いてみたいと思います。そう、例えば消費税率のアップといった問題のように。


●「都市博覧会」の場合

東京都は鈴木都知事(そう、あの新都庁舎を建てた人です)の時代に「都市博覧会」の開催を決め、その準備に入っていました。この鈴木知事が任期満了になった時、鈴木氏は高齢を理由に次の都知事選には出馬しませんでした。ここに立ち上がったのがそう、あの青島幸男さんでした。青島さんは以前俳優として活躍しておられました。ピンとこない人でも「いじわる婆さん」というテレビドラマで、分かる方もいらっしゃるかと思います。青島さんは二院クラブという政党を作り、参議院議員として当選したこともあり、政治家としても素人ではありませんでした。この青島さんが都知事選出馬にあたり公約として掲げたのが「都市博覧会の中止」でした。理由は簡単で「都民の負担が増えるから」でした。確かに1日の入場者数を東京ディズニーランドの1日の入場者数以上に見積もっていたりと、その採算性には疑問はありましたが、既に動き出しているプロジェクトであり、これを中止にするのは難しそうだと私は感じていました。この件で議会も賛成・反対のまっぷたつに分かれて選挙戦に突入しました。結果は青島さんの大勝。公約通り都市博覧会は中止となりました。これにより、キャラクターグッズの制作に入っていた会社などは大ダメージを受けました。ある程度は補償されたようですが、設備投資した分などはまるまる借金として残ったりしたようです。

ちょっと話は変わりますが、以前民放のテレビで、自称貧乏な人が会場の100人に自分の窮状を訴え、会場の同情を得られた分だけのお金をかけてクイズにチャレンジするという番組がありました。この中に「都市博貧乏」という女性が出てきました。その女性によれば、彼女の婚約者が自営業を営んでおり、都市博関連の仕事が入ったためコンピュータを増設したものの、都市博の中止によって借金を背負っただけの状態になってしまい、結婚式も無期限延期になってしまったというものでした。確かに同情の余地はありそうですが司会者の「あなたはこの間の知事選で誰に投票しましたか?」という問いに彼女は「青島さんです」と答えました。さらに「なぜ婚約者が都市博の仕事をしているのに、都市博中止を公約として掲げている人に投票したですか?」という問いに「面白そうだったから」と答えたのです!ここまでくるとちょっと自業自得という気がしてならないのですが、みなさんはどうお感じになられたでしょうか。


●「投票する」ことの意味

もちろん彼女が青島知事に投票しなかったとしても、1票では結果は変わらなかったでしょう。しかし、この「面白そうだったから」という姿勢は大変大きな問題を含んでいると言わざるをえません。私が思うに、彼女は都市博中止をうたっていない対立候補を支援する等の運動をすべき立場にあったような気がします。しかし彼女はよく調べもせずに、知名度や人気といった要素で投票する人を決めてしまったのです。もちろんその行為が「悪い」とは一概には言えませんが、選挙・投票とは、本来こういった自分の生活に直接影響のあることだと認識するべきでしょう。


●では「誰に投票したら良いのか?」

こういった話をするとしたり顔で「だから選挙には行けないんだよなあ。だって誰に投票したら良いか分からないから。適当に投票する訳にはいかないし」という人がいます。まあその言い分はあながち間違いとは言えませんが、本当は「だからこそ最低限の知識は持つべき」なのです。例えば都市博の例なら、青島候補が都市博の中止を公約として掲げていることを知っていたら、どんなに有名人でも彼女が青島候補に1票投じることはなかったでしょう。しかしだからといって選挙を棄権していいということではありません。選挙権というのは20歳以上の国民に与えられた「権利」なのですから、この権利を行使して自分の生活を豊かにする、これが本来の民主主義の姿と言えるでしょう

それで、実際に何をどのようして知識を得て、何を基準に判断し投票したらよいかというのは、実は簡単な話ではありません。まず知識を得る方法としては、誰でも思いつく新聞・テレビがあると思います。実際新聞やテレビを読んだり見たりしていると、本当は難しいことでも実に分かりやすくまとめてくれていることが多いのが分かると思います。全部を知るのはかなり難しいので、こういった概要だけでも押さえておくと選挙に対する考え方も変わってくるでしょう。まず、候補者が何人いてその人が何党の人で、その人が主張している要点は何か、というようなことを知るだけでも誰に投票するかの判断材料に十分なり得ると言えるでしょう。そういった知識をもとに、どの人が信頼できそうで、どの人の言っていることが自分の考えに近いかを考えれば、もはや「それぞれの候補者の違いが分からない」ということは無いでしょう。


●それでも誰もいないけど…

そうやって考えてみても、どうも甲乙つけがたいとか、どうしても全員信用できないということはあると思います。これは有権者の責任と言うより、自分の主張を浸透させられない候補者に問題があるのでしょう。私は20歳の時の参議院補欠選挙から、全ての選挙で投票を行っていますが、実際に1度だけどの候補者にも投票したくない、という時がありました。さて、その時私はどうしたでしょうか?

答えは「白票を投票した」です。誤解しないで頂きたいのは、何も「棄権するくらいなら白票にしろ」と言っている訳ではありません。あくまで本当に考え抜いてどうしても投票したい人がいなかった場合には、そういう方法もあるんだよ、ということが言いたいのです。現実問題として白票は「無効票」に数えられますが、私が白票を投じたその翌日の中日新聞朝刊に「白票が史上最多数」という記事がありました。「ああ、同じ考えの人がいたんだなあ」と思ったものです。

では白票と棄権の違いはどこにあるのでしょう?どちらも無効として票に数えられないという点では同じです。しかし、棄権の中には旅行でいなかったとか、面倒くさいから行かなかった、という理由の人も含まれているわけです。白票の人は少なくとも投票所までは行ったのです。それで「誰も入れたい人がいないんだぞ」という意思表示をしているのです。この点が大きく異なります。選挙というのは本来住民の意思表示ですから、それだって十分立派な意思表示だと私は考えます。だからといって「ビートたけし」とか候補者でない人の名前を書くのは個人的には感心しませんが…。(あの時は後ろで見ている係員の人の目を気にしながら、書いているふりをしてました…)


●本当に何かが変わるのか?

都市博の例でも分かるように、答えは「変わります」です。もう一つ例を出しましょう。先の参議院議員選挙で自民党は大敗し、非改選分と合わせた議席数で過半数を守れませんでした。過半数を守れなかった、ということはどういうことでしょう?考えてみて下さい。
日本は議会制民主主義の国であり、その決定は多数決方式です(法案によっては2/3というのもありますが)。ということは、自民党だけでは決定できずどこか他の党の協力が必要となる、ということになります。これで長銀の運命は変わりました。自民党はあくまで公的資金という皮をかぶせた税金をくれてやって、長銀という存在を守ろうとしました。しかしこれは長銀の国有化を主張していた野党全党の反対にあい、参議院を自分たちだけで通過させられない自民党は野党案に大きく譲歩する形にせざるを得ませんでした。これは先の参議院選挙で国民が「自民党No!」の声を全国で示した結果なのです。

この参議院選の自民党大敗を顕著に表していたのは、実は僕の住む愛知県でした。愛知県は選前から激戦区と言われ、自民党が2議席獲得できるか、2候補を擁立した民主党が何議席獲得できるかと、自民vs民主の真っ向からの全面対決の様相を呈していました。この時自民党は三河地区、特にトヨタ自動車系の票を浦野氏、それ以外の地区、特に名古屋地区の票を現職大臣の大木氏に集め、共倒れ防止に躍起になっていました。しかし結果は以下の通りでした。

得票数候補者所属区別
500483木俣 佳丈民主
457236佐藤 泰介民主
453298八田 広子共産
443904大木 浩自民
411357浦野 烋興自民新(元衆院議員)

上位5人だけ載せてみましたが、ご覧の通り自民党の共倒れ惨敗という結果に対し、民主党は新人二人(とはいえ佐藤氏は議員経験はあるが)で2議席獲得という大躍進をとげました。そして全国でも当選確実が出るのがかなり遅かった3議席目は、現職の環境庁長官である大木氏と共産党の八田氏が激しく争っていたのですが、全国の共産党議席倍増という結果を反映して八田氏が僅差で議席を獲得しました。その差は何と「9394票」。みなさんはこの差を大きいと感じますか?小さいと感じますか?

この選挙の投票率は58.8%で、愛知県は56.38%でした。それで、投票されなかった票数はというと「2334803票」もあります。これは計算上では、投票に行かなかった人の0.4%の方が大木氏に投票すれば、結果はひっくり返ったことになります。もちろん0.4%の人全員が大木氏に投票するということはないでしょうが、例えば名古屋市を除く尾張地区では大木氏はかなり八田氏に差をつけているので、ここでもっと投票率があがれば、もしかしたらひっくり返ったかもしれないのです。個人の1票では確かに何も起こらないかも知れませんが、1票の意味を考える人が増えればもっと簡単に民意が政治に伝わるのは確かです。

この参議院選で惨敗が決まった後、自民党2候補の選対の人がこう漏らしていました。「これだけ投票率があがっては・・・」と。これだけ国民の政治不参加が叫ばれて久しい今、投票率があがったことを嘆き、そして投票率があがり民意が如実に表現された選挙で落選した人には政治をまかせられないと私は思います。


●最後に

今選挙管理委員の方は、投票率アップにあの手この手を施されておられます。投票時間の延長や不在者投票の条件緩和などもその一環です。しかしよく考えていただきたい。選挙は選管の方がお願いして来てもらうものでは絶対にありません。選挙は我々国民が自分の生活のために当然行くべきものなのです。「抽選で賞品がもらえるなら行ってやる」などという意見はもってのほかだと言わざるをえません。そこをよく考えて、全ての国民が「選挙に行くのは当然」と思うようになって欲しいと思います。

(1999/02/19 水野 義則)